「山形からお越しですか…どうしても行ってみたいところがあるんですよね…」
場所は上野のとあるバー。
カウンターの向こうからバーテンダーさんが私に呟いた。
「ケルン」
山形県北部の港町、酒田市にある喫茶店。
美しい夕日が日本海に傾いた頃、バーとして営業を再開します。
なぜ上野のバーテンダーが山形の港町の小さなバーを目指すのか?
どうやら彼だけではなく、日本中のバーテンダーたちが「ケルン」を目指しているということを知るのはこの後でした。
井山計一。
1926(大正15)年生まれ。
1959(昭和34)年、壽屋(サントリーの前身)主催の全日本ホーム・カクテル・コンクールにおいてオリジナルカクテル「雪国」を出品。グランプリを受賞。
「雪国」は世界的なスタンダードカクテルとなる。
御年92歳の今日もカウンターに立ち続けるわが国最高齢の現役バーテンダー。
上野のバーテンダーさんがもう一度呟いた。
「山形にお住まいならぜひ足を運んでください。僕も行きたいなぁ…」
それから数年の時が流れ…。
行ってきました。小雨がぱらつく中。
井山計一さん。
92歳とは思えないほど矍鑠とした姿でこの日も元気にシェイカーを振っていました。
「雪国」
井山さんの作る「雪国」を味わいながら、私の生まれ故郷であり井山さんの若き日の修行先であった仙台のお話しなどをさせていただきました。
井「国分町から長町まで歩いて…あそこは広瀬川?あの辺りも昔は寒かった
でしょ?」
私「えぇ…いつ頃ですか?」
井「昭和27年」
私「すいません、さすがにそれわかんないです」
せっかくの「雪国」を噴き出しそうになりました。
約一時間。
井山さんをほぼ独り占めして、「雪国」を作っていただいたり、たくさんのお話しをさせていただいたこと、色々な場所で心の中だけで自慢しようと思います。
帰り際のすっかり酔いが回った頃、思い切って聞いてみました。
「やっぱりこの雪国って…ずいぶんと考えて作ったものなんですか?」
そんな野暮な客の野暮な質問にも、伝説の男は優しく答えてくれました。
「いやぁ、それが偶然できたんですよ」
会計を済ませ「ケルン」を出ると、雨はすっかり上がっていました。
「偶然て…」
自然と笑みがこぼれ幸せな気持ちに包まれた私は、ホテルで借りた傘をブンブン振り回しながら酒田の星空の下帰路に就いたのでした。
山形営業所 佐藤